図書館には妖精がいる ②

 図書館の妖精は地下に住んでいる。

 夜明けの少し前、カウンターとバックヤードを仕切る煉瓦柄の壁にもたれて、背中に少し力を入れる。すると、壁がすうっと溶けて、私たちはふわんと落下してゆく。浮遊感の後、どさっ、と自分のベッドの上に落ちるのだ。ゆあれちゃんの寝具は水色にピンクのレースが、私のには黒に赤のレースが付いている。子供用の小さなベッドが二つ並んで、それでほとんどいっぱいの、狭い部屋。よく磨かれた木の床、壁紙は小花を散らした黄緑色。地下室だから窓はないけれど、窓枠の形をした白木のオーナメントがいくつかかかっている。ゆあれちゃん側の壁には、造花やカラフルなガーランドが飾られ、私の側には小鳥の置物やサテンのリボンがあしらわれている。天井にはステンドグラスの笠がついた電球が下がっているけれど、今は点いていない。ベッドの間に置かれたサイドテーブルの上のランプだけが、柔らかく灯っている。

 私が革のブーツの靴紐を解いているうちに、ゆあれちゃんは赤いエナメルのメリージェーンをぽいぽいと脱いでいった。靴を履いたままベッドに落ちる仕組みはなんとかしてもらいたいものだけれど、担当さんに言っても直してもらえなかったので、諦めている。私の片足が自由になる頃には、ゆあれちゃんは掛け布団の上に思い切り倒れて、大きく手足を伸ばしていた。

「んー……今日もよく寝るぞ!」

「うん」

 私はようやく左のブーツを脱ぎ終えた。金古美の丸眼鏡を外し、弦を畳んでサイドテーブルに置く。白く塗られた木製のサイドテーブルには、ピンクの薔薇が描かれた陶器の装飾が付いている。掛け布団とシーツの間に潜り込んで、花を模した形のランプに下がる銀色の鎖を引くと、部屋はふわりと暗くなった。

「おやすみ、蔦子ちゃん」

「おやすみ、ゆあれちゃん」

 隣のベッドから、布団を引っ張って被るゴソゴソとした音が聞こえた後、すぐに寝息が立ち始める。私は胸の上のインク瓶が重たくて、シーツの上に下ろした。ゆあれちゃんのインク瓶は小指ほどの大きさだけれど、私のものは拳ほどに大きい。サイコロを半分にスライスしたような角張った形をしている。そこには真っ黒なインクが、底を覆うほどに入っている。これが満ちるのに何年かかるのか、想像するのも嫌なくらいだ。

 今日は二人一緒に戻ってきたけれど、月に二、三度は、私だけが先にこの部屋に戻ってくる。インク瓶がいっぱいになったゆあれちゃんは、インクを捨てるために図書館の外に出るのだ。インクの満ちた瓶は鍵としてはたらき、図書館の正面扉を開けることができる。妖精は一人でインクを捨てなければならない決まりで、私はついて行くことができない。だから、私は図書館の外を見たことがない。

 インクを捨てる時、運命の人間がそこにいたら、妖精はその人に瓶を渡す。そしてもう、ここには戻らないのだ。ゆあれちゃんと、いつまで一緒にいられるのか——それは、自分のインク瓶がいっぱいになる日はいつなのかと思うよりもっと、つらいことだった。