図書館には妖精がいる ③

 その夜も、私は新聞を、ゆあれちゃんはいろいろな本を——新着本、雑誌、絵本、趣味の本や旅行ガイドなんかを——読み、いつものようにカウンター裏の壁から自室に戻った、はずだった。

「……!?」

 背中から着地したベッドが、ごつごつと奇妙に膨らんでいて、私の身体はこわばる。

「あーっ! 女史!」

 隣でゆあれちゃんが叫んでいる。

 長く真っ直ぐな黒髪を指先でさらさらと整えながら、その人は言った。

「抜き打ち検査に来ました」

「普通に来てよ!」

 ゆあれちゃんのベッドの端に腰掛けて話しているのは、灰色と紫色のドレスを纏う、私たちの担当さんだった。ドレスとお揃いのヘッドドレスを重たく揺らして、担当さんは私に頭を下げる。ベッドの間が狭いので、私にぶつからないよう、軽く。

「すみません」

「いえ」

 短く首を振ると、私のベッドで隣に座っているゆあれちゃんが、毅然と抗議した。

「もっとちゃんと謝って」

 担当さんは紫の瞳を丸くした。

「どうしてあなたに言われないといけないの?」

「蔦子ちゃんはねえ、控えめだからだよ!」

 ゆあれちゃんは負けじとばかりに空色の瞳を見張って、バタバタとこちらを示した。

「ええ、あなたより、よっぽど」

 担当さんは半眼で嫌味を述べると、「勝手にベッドを使って、すみません」と改めて、さっきより深く頭を下げてくれた。私はもう一度、いえ、と言う。ぶつかって驚いただけで、怒ってはいない。

 担当さんは、さて、とゆあれちゃんに手を差し出した。

「インク瓶を」

 でもゆあれちゃんは、むうっと口を尖らせる。

「もっとさ〜、『ご機嫌いかが?』とか、『最近どう?』とかないわけ? 職務怠慢じゃない?」

「前に『残業だ〜!!!』って抗議されたのは、どこのどなた?」

「んぐ……」

 赤くなって詰まったゆあれちゃんの背中にそっと触れながら、自分のネックレスを片手で外した。インク瓶が重たくて、苦労する。ネックレスの銀の鎖が、しゃらしゃらと鳴った。

「どうぞ」

「あら、ありがとう」

 担当さんがさらりと微笑んで、両手で瓶を受け取る。大きく四角い私のインク瓶を、天井のライトに透かすように両手で掲げ持ち、前後左右にインクを傾けている。袖の大きなフリルから覗く担当さんの爪は葡萄の深い紫色だ。水晶の嵌った銀の指輪をいくつも付けている。

「はい、どうぞ」

 頷く担当さんに返されたそれを、再び首にかけた。私のインク瓶には、まだ一センチほどしかインクが入っていない。真っ黒に見えるそれが、とぷんと揺れる。

 担当さんに見つめられたゆあれちゃんがこれ見よがしに息を吐きながら、自分のインク瓶を渡した。同じように検分されたインク瓶がゆあれちゃんに戻され、担当さんはちょっと首を回して、私たちを順に見据えて言った。

「ゆあれさんは、そのままでいいわ。蔦子さんは……」

 言葉が途切れる。けぶるような睫毛の下で、紫の目がじっと私を射る。

「何を読んでいるの?」

「……新聞を」

「新聞、ね」

 担当さんは難しい顔で、ふいと横を向いてしまった。