温泉合宿に行きたい話

「あたしはパス」
 目の前のフォークを掴もうと身を乗り出しながらのとみが呟いて、コンソメスープを啜っていたゆあれが、ごぼ、と言った。
「ちょっと、やめてよ」
 隣で、しっしっと手を振る冬嶋に、ゆあれが何事か口の中でもにょもにょと呟く。ごめん、だそうです、という顔を蔦子がして、ゆゆしと桜間が温かく頷いてみせた。
「伝わってるよ」
「わかるよ」
「優しすぎ」
 冬嶋が口を尖らせ、サラダのミニトマトにフォークを刺した。口を拭ったゆあれが冬嶋に言う。
「え、なんで?」
「私に聞くの、なんで?」
「ゆあれちゃんの愛です」
 桜間がにこにこと茶々を入れ、蔦子が、愛です、という顔をして頷いた。のとみが億劫そうに首を傾けて冬嶋に目配せした。
「いいよ、あたしが答えるから。……だってさ、あたしだけ、既婚子なし女性が夫への愚痴を垂れ流すみたいになりそうでしょ」
 冬嶋が訝しげに目を細めた。
「アラサー女子旅への偏見では?」
 ゆあれが片手を挙げて皆を順に示した。
「私たち全員既婚子なしだから大丈夫だよ」
 桜間が蔦子の両目の前で手のひらをひらひらさせながら首を傾げた。
「そういうのはちょっと、蔦子ちゃんには……」
 ゆゆしは蔦子の片耳を抑えて頷く。
「ちょっと……」
「物理モザイク」
「物理モザイクだ。まあ、うん、やめよう、そういうのは」
 蔦子に片手を立てて詫びながらゆあれが言うと、のとみが面倒そうに頭を振った。
「だからー、あたしはやめらんないの。そういう役回りだから」
「やく、わり?」
「ミュージカル刀剣乱舞阿津賀志山異聞の今剣みたいになるんじゃない」
「ぼくに、むずかしいことばかりいわないで……!」
「桜間さん、ほんとにやめて」
「はーい」
「悲しい役割を背負わされている人もいるそうだよ」
「ゆゆちゃん、三百年の子守唄の石切丸みたいになるのもやめて」
「ばびゅん」
「ゆあれはほんとにやめて。真剣乱舞祭2022の今剣みたいになるのやめて。ばびゅんで返事をしない」
「……はーい」
 オムライスをスプーンで崩して冷ましながら、桜間が瞬く。
「そうしたら、どうしようかしら。私も残ろうかな」
「え〜桜間さん〜一緒に行こうよ〜温泉〜」

「桜間さんがいないと私たちは困る」
「あらあら、冬嶋ちゃんは、任されてくれない?」
「困る。ゆあれが喧嘩を売ってくるから」
「売ってない。女史が押し買いしていくだけじゃん」
 蔦子が、売る方が押すなら買う方は引くんでしょうかという顔をして首を傾げる。ゆゆしがつられて考え始めて呟く。
「引き買い……?」
「いいじゃん、勝手に買って行ってくれるなら、ファンじゃん。アンバサダーじゃん」
 囃すのとみに冬嶋が眉根を寄せた。
「固辞する」
 ゆあれが、え、と声を上げた。
「誇示する?」
「おい、表出るか?」

 息巻く冬嶋の肩をのとみがつつく。
「ふゆしー、治安悪いよ」
「くそ……」
「毒づくのやめな〜」
「うっ……」
「まあね? 家庭の事情の話をしようが、推しの話をしようが、歌の話をしようが構わないから、一緒に行きましょうよ。ね?」
 桜間が小首を傾げて微笑むと、のとみは困ったように口を閉じ、ううん、と冬嶋を伺った。取りなすように頷く。
「ああ、じゃあ、行かせて……いただきます。温泉は普通に行きたい」
「そわか」

「めわか」

「じゃあ、メゾンご一行でね」
 きらきらと音の出そうな笑みを浮かべた桜間に、ゆゆしも笑って頷く。
「予約入れておくね」

「天才」

「できる」
「それほどでも……」
「あーかわいい。誰かさんと違って」
「あーかわいい。誰かさんと違って」

 冬嶋とゆあれの視線が交わって火花が散るのを、正面から桜間が素手で掴んで千切った。
「はい、おしまい」
「「はーい」」