これはペンネームではありません(桜間注:歌会の話ね)
冬嶋ちゃんが『書いたはいいけど、やはりブログに載せづらい』と言っていたので、こちらに転載しておくね。
【転載ここから】
『これはペンです』((円城塔,2014))のもじり、ではなくて。
歌会に行きました。
人生初歌会、初対面の人々、で、深く気疲れした((うまい気遣いはできないのに、気疲ればかりするの、損ではないだろうか。八つ当たりめいた憤りを感じる。))。
が、その衝撃の波からゆっくり回復するにつれて、楽しかったなあと思えるようになった。
楽しかった。まだまとまらないので箇条書きにする。歌会とは、みたいな説明も省く(と言いながら説明してしまった:((私が参加したものはこうだった。まず、参加者は事前に二首ずつ主催者に提出する。歌会前に、全員の歌が印刷された紙が、主催者から郵送されてくる。二首ずつセットになっているが、作者名はない。当日会場にその紙を持ち寄り、順に評しあう。最後に作者が発表されて作者コメントがある。夏雲システムを使ってフォロワーさんたちとやったオンライン句会と似ている。))((そりゃそうか。)))。
- 大の大人が本当に短歌を詠んでいる((短歌を詠んでいる大人(しかも祖母より年上の)というものを、目の当たりにしたことがない。)))。
- 印刷された短歌を前にして、これはどういう意味だろうかとか、作者の思いはどうだっただろうとか、大の大人が意見を交わし合う。((Twitterで私が「オタク当て推量バトル」などと呼んでいる行為に近い。))
- 印刷された短歌を前にして(作者が不明の状態で)、私ならこうするとか、この言葉は余計だとか、もっと感情を入れた方がいいとか、改善の提案がなされる。((言葉で表現するということに真剣に向き合う大人にあまり接してこなかったので、感動しているかもしれない。こういうの、好き。言われるのはどきどきするけど、最後には(立場上)偉い人がいい感じに締めてくださるのでやや安心。))((これはTwitterでオタクと遊んでいてもあまり発生しない。近かったのはやはりオンライン句会で、「もしこういう意図なら、こう書いた方がいいのでは」みたいな話があった時だった。))
- 家でも学校でもない場所で、名前を呼ばれること、場に参加させてもらえることが、しみじみとありがたい。幻想ではないサードプレイス((以前、Twitterの「現在地」が「幻想のサードプレイス」だったことがある。たたミュができてから、幻想ではないサードプレイスが実現したので、その記載は削除した。)) 。実際に"place"である、ということ((公共施設を時間借りしたものであって、部室のようなものとは性質が異なるが。))。
- 年齢層が私よりも相当上(前職を思い出した)であるが、それは逆によかったかもしれない。下手に同世代の、特に同性だと、ライフステージの差によって見えているものに差が出すぎる。厄介な感情が生じることもある。このあたりに「滝壺」の話を書いたのだが、周囲がほぼ全員滝壺状態((に見える。ただ実際には、伴侶に先立たれているかとか、孫がいるかいないかとか、近くに娘が住んでいるかどうかとか、なんか色々あるのだろうなとは、会報誌の投稿作を見ていて思う。))なのである。しかも、(敬老、のように)私の(たぶん、圧倒的最年少という)ポジションで取るべき態度が社会的通年として明確なため、さらに振る舞いが容易になる((実践できているかどうかは別である。ただ、祖母より年上に見えるのに、聞き慣れない単語などは電子辞書やスマホを使って即座に調べている様子を見ると、純粋に尊敬の念は湧く。))。
- この間読んだ本に、句会では自分の話をすると鼻で笑われるが、歌会では自分の話が歓迎される(するのが普通)みたいな話、たしかに歌会は自分の話をする感じがあった。向き不向きがありそう。とりあえず続けてみようと思う。
- この会では歌に感情を詠むことが推奨されている(私は本当に短歌のことを知らないため、歌には感情を詠むものだろうがと思われるかもしれない)らしい。私は(連句などでも言ってもらったが、自覚的にも)情景描写に終止することがあるので、ちょっとヒヤッとした。うまく感情を扱えるようにはなりたいので、ここで勉強したいもんだと思う。序破急って言うし。(破を前提にするのはあんまりお行儀がよくないと思います)
- 久しぶりに、本名を見た人から「ペンネームなの?」と聞かれた。本名です(このやり取りは、基本的に、相手が私のことを(業にしろ趣味にしろ)「物書き」だと思っていないと出てこない)。
- お世辞でもなんでも、先が楽しみだと言ってもらえるのは嬉しい。よく考えると(考えなくても)私の素性を知らず、私の作った歌(と、もしかすると今日の立ち居振る舞いも合わせてだけど)から、そう思った、ということだと思われる。書いたもので評価される、それはとても光栄なこと。
- あと「ぜったい初心者じゃないでしょう」というようなことも聞かれた(ほぼ断定だった)((二人から別々に言われたので、これはお世辞とかではなくてただの感想なのだろうと思う。))が、誰に教わったわけでもないし体系的に学んだわけでもない、ただSNSに二次創作短歌とか妊活短歌とかを上げていたのと、歌詠みフォロイーが多いTLで……みたいなことをうまく説明できるはずもなかった。「本当に初心者です、学んだこともないし歌会も初めて、結社に入っていたこともない、趣味で一人でやっていただけ」と説明した。うーむ。嘘ではない。あと、周りで短歌を上げているSNS上の知人がみんな普通に上手なので、私が"初心者とは思えない"なのかどうか自分ではわからない。謎。((しかし、別の短歌大会の詠草集を見ると、「57575」になっているやつとか、「575778967」みたいに言いたいことを全部言っているやつとかがそれぞれ複数見られたので、あのくらいのやつを"初心者"と呼ぶならば、たしかに初心者ではないのかもしれない。))
- 初めて投稿した歌の内容から、おばあさんだと思われていたらしく、かなり面白かった((これは歌会に出した歌ではなく、会報誌の方に出した歌。))。
- 冷静に考えて、同人誌を複数冊並行して作りながら歌を詠んで投稿したり歌会に出たりしている((Twitterで連句を巻いたりもしている。))の、めっちゃ文芸パーソンではないか?
- 事前に会報誌で歌やお名前を拝見していた人が目の前にいらっしゃるの、同人誌スペースで聞いた『うっすら好き』状態になった((表現を拝借した。同人誌スペース内では、「即売会に来ている人たち(サークル出店している人たち、だったかな)が、全員うっすら好き」という話だったので、状況は異なる。))。面白かった。生活や感情を切り取って歌にしている、その生身の人間が存在する、ということ。私はあなたの好きな花や空を知っているんだなあ、みたいなこと。
結局長くなってしまった。私は言語・文芸を用いてわいわいするの、単に好き、ということがちょっと((本来は「かなり好き」なのだろうと思うが、気疲れの分が差っ引かれている……))わかったので、また歌を作って参加してみようと思う。会報誌の方でも、掲載の2ヶ月後には他者からの評が載るらしくて、楽しみにしている。
【転載ここまで】
ペンネームね。好きなものを俳号にしたりするのよね。淡水? 清水? 滝? 苔? 苔はちょっとね。歌人の号ってなんて言うのかしらね。
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