のとみから
(のとみ:noteに書こうと思っていましたが、今しがた退会してきたので、ここに書きます。挙児希望の話がちょっと入ります。気をつけて)
とうめいな光の滝に打たれおりこれが最後のクリニックまで
ふたいろのペンで何度もなぞりしか幸と不幸の滲みたる町よ
2022-2-7
引っ越し前に紹介状をもらいに行った。クリニックまでの道を歩いている時、急に、透明で莫大な何らかの感慨に打たれた。それは全く外的なものだったが、私によく馴染み、注がれ続けた。驚いて、でも心地よく、しばらく何だかわからなかったが、後から、あれはおそらく、「純粋な創作意欲」だったのではないか、と、思った。挙児希望のために通院していた頃、私はひたすら本を作っていた。子どもは作ってもできないが、本は作ったらできるので。それで、本の中身とか装丁とか印刷とか、あれこれ考えながら通った町は、同じくらい、私の、つらいとか悲しいとか情けないとかいう嘆きも怒りも吸い込んできただろうに、最後にわたしに、素晴らしいものだけを返してくれた。クリニックに歩いてゆく足の裏を通して、天からやさしい怒涛めいて注がれるみたいに。「純粋な」と言ったのは、具体的に何を書きたい・作りたいというのがない、ただ書きたい、書くのが楽しい、もっと書きたい、というような、塊の希望のようなもののようだったから。喜びや、意欲のようなもの。「書く」「作る」ことそのもののもつ喜びの力。(「子どもができないので本を作る」ことが「純粋でない創作意欲」だとは、私は思わない。だって本は本で欲しい。私は書くことも本を作ることも好きだ。)
ふたいろのペンで何度もなぞりしか幸と不幸の滲みたる町よ
2022-2-7
引っ越し前に紹介状をもらいに行った。クリニックまでの道を歩いている時、急に、透明で莫大な何らかの感慨に打たれた。それは全く外的なものだったが、私によく馴染み、注がれ続けた。驚いて、でも心地よく、しばらく何だかわからなかったが、後から、あれはおそらく、「純粋な創作意欲」だったのではないか、と、思った。挙児希望のために通院していた頃、私はひたすら本を作っていた。子どもは作ってもできないが、本は作ったらできるので。それで、本の中身とか装丁とか印刷とか、あれこれ考えながら通った町は、同じくらい、私の、つらいとか悲しいとか情けないとかいう嘆きも怒りも吸い込んできただろうに、最後にわたしに、素晴らしいものだけを返してくれた。クリニックに歩いてゆく足の裏を通して、天からやさしい怒涛めいて注がれるみたいに。「純粋な」と言ったのは、具体的に何を書きたい・作りたいというのがない、ただ書きたい、書くのが楽しい、もっと書きたい、というような、塊の希望のようなもののようだったから。喜びや、意欲のようなもの。「書く」「作る」ことそのもののもつ喜びの力。(「子どもができないので本を作る」ことが「純粋でない創作意欲」だとは、私は思わない。だって本は本で欲しい。私は書くことも本を作ることも好きだ。)
noteに書こうかなと思ったが、最近noteでは、トップページのおすすめに精子提供者の自己紹介記事が上がるようになっていた。それが許しがたくて勢いで退会してしまった(u_u_cの方は残っている)。というわけで、ここに書いている。恐ろしいわ、SNS。
ところでその、透明な莫大な何かに打たれながらたどり着いたクリニックの待合で引いた今日の一枚、水でなみなみのカップ(エースとか)出るかな〜とちらっと思ったが、節制(正)だった。カップと水は合ってるし、足が水に浸かってるのもよろしい。あとは「暮らしもやれよ」感もあり、なおよろしい。
あと、昼間ほぼ初めて、「引っ越し先で暮らすのが楽しみ」だと思えた。それはまあ、週末に愉快で聡明な友人たちと通話して、不安だの寂しいのと散々ぶちかまさせてもらい、聡明に寄り添ってもらったり、また別の友人に「あったかくて何もないらしい」と言ったら「あったかくて何もない、なにそれ? お風呂じゃん、はは」と笑ってもらって私も笑えたりしたというのも大きいと思うんだけど。でも、今日、あの透明で莫大な感慨が私の胸の中を洗い流して満たして上に押し上げてくれたのかもしれない。病院通いも悪くなかった。って、あえて、書いておこうと思う。
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